交 通 医 学
               Traffic Medicine  

        
                    ー自動車整備士のためにー
 (1989-1999の間、専門学校ニホン・オートモービル・カレッジnats、現日本自動車大学校にて講義された。)
                      
   は じ め に

 交通事故がなければ、自動車ほど素晴らしい乗り物はない。   交通事故の多いアメリカでこの程ハイウェーのスピード制限の規則を撤廃したと言うことを聞いた。その理由は誰もスピード制限を守らないので、守られない規則は無いのと同じであるからその法律は撤廃したということであった。
 即ち、アメリカでは車が増えすぎて法律が守れなくなったと言うわけである。  アメリカの識者は、このハイウェーのスピード制限撤廃でまた交通事故死者が15パーセントは増えるだろうと言っている。  このことはアメリカに限ったことではない。日本でもそろそろ車過密時代になりつつあって、対岸の火事と言っては居られない事態になろうとしている。
 今や増え続ける交通事故が自動車をしてそれ程素晴らしい乗り物ではないようにしようとしている。  自動車の流れも川の流れと同じであって、車の流れを緩やかにするには道路の巾を広げるか、流れ込む車を少なくするしかないのである。  
 
 ハイウェーの車の流れを緩やかにするためには、狭い路地から広くしなければならない。それは大変なことである。また車を少なくすることは更に大変なことである。  これだけ過密になった車社会では、車に関する法律や道路の整備や運転技術や自動車の性能の向上などで交通事故を論議することは出来なくなってしまった。  
 
 今日では、従来の交通事故対策に加えて新たに2つの問題を考えなければならない。この新たな2つが極めて大きな問題である。
  その1つは、今日の車社会では、誰でもいつでも車を運転する時代になってしまった。病人でも、身体障害者でも、高齢者でも、時には違法ではあるが未成年者までも、そして朝起きて直ぐにでも、はたまた寝る前の一時でも車を運転するようになっている。
  即ち、年々非健常人ドライバーが増加しつつある。それが運転ミスに繋がっているのである。  
 2つには、人間そのものに誰にでも、錯覚や見誤りや勘違いや疲労による神経機能の減退などがあって、自動車の運転を誤らせる可能性を持っている。そして更にこの忙しい社会が人々の錯覚や勘違いの度を益々高めていると言うことである。  
 わが国では、今まで交通事故が起こった後に、事故によって怪我をしたり亡くなったりした人を調べ、事故を起こした車を調べて、事故の内容を明らかにしていた。それが交通医学であった。  
 ところが、車先進国のアメリカを始めヨーロッパ諸国などでは、事故が起きる前から、人間の身体と交通事故の関わり、そして救急の問題などを研究していた。  怪我をする前から、人と交通事故との関係を考えてみようと言うことがこれからは更に重要だということである。
  自動車の専門家を目指す者にとって、たゞ車を売るだけではなく、車を整備するだけではなく、ユーザーのカウンセリングが大切である。そのカウンセリングの中に是非交通医学を加えて貰いたいと思う。         
 
     平成八年三月                                                                                                                                        安田 信行                               
                   
                        目     次
 
  はじめに

  第T章   総  論 ----------------------------------------- 1   
                                                   交通とは・衣食住交 −− 違式メかい違  交通革命 −−ピギーパック輸送  東京の変化と主な交通手段  車社会ー巨大都市のストロー現象  世界の都市が似てきた 現代車社会の落とし穴 車の商売にも心理学 交通医学とは 車関係者の責任  交通弱者・Transportation Poor 自動車道路・ペルシャの高速道路・魏志倭人伝・古代の七道駅路  明治の頃の首都東京の道路  人と車の共存道路 運転免許の疑問

 第U章  交通事故への提言 -------------------------------------15       
東京の自動車問題点   交通戦争ー犠牲者 車原病とは 自動車症候群ー自動車のメリットを捨てない限り事故はなくならない  産業構造変換による車の減少  車社会への警告  自動車はこれで良いか 機械の合理化 等身大の車・道化の車    イージードライブの追求   科学が疾走する時は法律は腹這いになって付いて行く  変化する生活空間 科学は人を変える  視野   些細な不注意の重要な背景  交通安全白書 昼型と夜型とどっちが得か  東京に交通事故死は少ない  交通規則の効率への提言 制限速度・速度制限の問題点・自動車事故の衝突速度・早さの錯覚   交通ルールはマナーではない  安全の値段 可読性    交通標識は何故図形が良いか  選択的注意とカクテルパーティー   性能が良ければ危険も増す     自動車整備士は獣医? 何処で交通事故が多発するか   どんな事故が多いか  犯罪学と交通事故・交通事故常習犯    自己暗示   交通事故防止の問題点・パーソナリティー ・適性検査  施設症

  第V章  交通事故による損傷 ------------------------------------54        
交通事故の機序・歩行者の事故・自動車単独の事故・自動車と自動車の事故  交通事故損傷の特徴  交通事故損傷の機序と種類・特徴   損傷の種類  複数車による損傷  交通事故死体に見られる損傷 受傷後の生存時間    墜転落死との鑑別  脳挫傷  交通犯罪への証言−−タイヤマークは語る シートベルトと損傷   交通事故の衝突速度とは  交通事故死の基準   むち打ち損傷と環軸関節亜脱臼  交通事故紛争ーー当事者から後退する加害者   救急医療のしくみ−−ドイツの救急態勢

  W章  病気と交通事故 ---------------------------------------- 75        
病気の歴史  国民の医療状況ーー有病率  不完全な車社会への対応ー病人の車運転に思う   運転弱者・Weakly Driver  弱者の為の自動車   車普及の実状に合わせた行政が必要である   自動車に危険な病気の実態  病人と医師は車と整備士   肝臓疾患は交通事故死を招く   交通事故障害後遺症  病気とは、健康とは  自動車運転とストレス  ストレスが招く生理的変化  鼻孔カニューレのドライバー  高速アレルギー  高齢者医療対策     細胞自体が老化時計を持つ

  X章  薬と交通事故 ------------------------------------------ 100        
薬と自動車ー双刃の刃(やいば)  医薬品の副作用と運転能力 治療薬の副作用の影響ーー視覚障害・精神神経作用・筋弛緩作用etc.  薬物に対する感受性ー朝酒はこたえる   煙草・コーヒー・酒・風邪薬と脳の働き  Fー15パイロットの風邪薬   長期連用障害   行動の改善ー学習     ガムを噛んで素早い反応  頭に効く薬は要注意

 Y章  人間の身体と交通事故 --------------------------------   111      
近代化・スピードアップ・いらいら  要注意のA型タイプ人間       反応が早いこと 脳と心の関係  神経心理学 人間は複数の心を持つ   気付かない中に知っているー閾値下知覚  心は選択的かつ恣意的  見える・見えない   注意の範囲  見誤り  行動と環境   心は知覚対象を変換しようとする強い傾向を持つ  ヴィジランス(覚醒)  運動残像  暗順応  自動運動  事故多発者  見かけの速さ  人間をどう見るかで、世の中は変わる   心は欠損を補完する傾向を持つ  脳障害後遺症 視覚保続・視覚反復  カーブは心臓と利き手に左右される  左右の利き手の違い   人間は左回りが自然だ バイオリズム・生物時計  自動化装置と人間心理の弱み   人間の指は1ミクロンの0.02の震動が分かる 手と脳 ドライバーの動態視力  耐寒性  水作業の人は冬の運転に強い  人間社会における錯覚  錯覚図形  危険なツケを負う若者

  あとがき

  参考文献   (別記参照) ‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐ 151