総務庁石川行政監察事務所行政相談委員機関紙『兼六』第61号(1996.9)に載せたものです。
子供とアンダーライン
内灘町 藤島学陵
強調のために縦書きの文章にはサイドライン、つまり傍線、側線と呼ばれる線を引く。当然のことながら横書きの文章にはアンダーラインを用いる。小さな頃からアンダーラインのことを「カセン」と言ってきた。そして「下線」と書いてきた。学校の試験問題などにも下線ということばはよく使われていた。初めて英語を習った頃の英和辞典にも「underline」の項目には「下線」のことばが記されていた。なんの疑問ももたずに過ごしてきた。
ところが十年程前、子供が小学生の時、この「下線」の漢字を何と読むのかと子供に問われた。「そんなことは自分で辞書を調べろ」と叱った。ところが「辞書にはでていない」と言う。「そんな馬鹿なことあるか、調べ方も知らんのか、ちょっと見せろ」。確かにでていない。「お父さんの辞典を調べてやるからちょっと待っとれ」。あれ?でていない。叱った手前、うろたえる。他のを手に取る。が、やはり見当たらぬ。慌てまくる。次々と調べるが、まったく「下線」のことばは姿を見せぬ。不思議だ。調べた辞書の主な結果は次の如くであった。
@「アンダーライン」の項目に「下線」の語を用いることもなく、「下線」の項目もないもの。『新潮国語辞典』(新装改訂版、1982、新潮社、久松潜一監修)。『日本国語大辞典』(第一版、全20巻、1978、小学館、日本大辞典刊行会編)。
A「アンダーライン」の項目に「下線」の語を用いてはいるがその読み方の記載は無く、「下線」の項目もないもの。『国語辞典』(第一版、1979、講談社、久松潜一他監修)。『広辞苑』(第一1955〜第三版1983、岩波書店、新村出編)。
もちろん漢和辞典も見たが、無かった。大学の図書館でも探し回った。結局、子供には確たる根拠は無いが、通常「カセン」と読まれているからそう読んでおけと言い、叱ったことを謝り、逆に褒めることとなった。しばらくして、大学で日本文学を教える友人にこの経緯を話すと、彼もその事実に驚いていた。「カセン」「ゲセン」「シタセン」「シモセン」。それらのどれで読んだら良いのか、これが本当のどうもゲセン話だということとなった。
しかしその後国語辞典においてもいくらか状況が変化しつつあるように思われる。数種類の国語辞典が出版された。
Bその後出版されたが相変わらず@に分類されるもの。『新明解国語辞典』(第四版、1993、三省堂、金田一京助監修)。
Cその後出版されたが相変わらずAに分類されるもの。『広辞苑』(第四版、1991、岩波書店、新村出編)。『日本語大辞典』(第二版、1995、講談社、梅棹忠夫他監修)。
Dその後出版されたもので、「アンダーライン」の項目に「下線」の語を用い、しかもその読み方として「かせん」の記述があるが、「下線」の項目はないもの。『大辞泉』(第一版、1995、小学館、松村明監修)。
Eその後出版されたもので、「アンダーライン」の項目に「下線」の語を用いていないが、「下線」の項目はあるもの。『現代国語辞典』(初版1992、三省堂、市川孝他四名編)。
Fその後出版されたもので、「アンダーライン」の項目に「下線」の語を用い、しかも「下線」の項目もあるもの。『例解新国語辞典』(第四版1996、初版1984、三省堂、林四郎他三名編)。『デイリーコンサイス国語辞典』(第二版1995、初版1991、三省堂、佐竹秀雄編)。
調査対象の国語辞典は50種類を越えたが、上記の如く、EFの三冊の国語辞典により、わが子の昔の質問には、明確な解答を与えることができるようにはなった。しかしながら、和英辞典や和仏・和独辞典などには「kasen」や「カセン」の項目が既に古くからあるにもかかわらず、「下線」という語は相変わらずほとんどの国語辞典の項目には加えられず、国語辞典の世界では日本語としての戸籍を得てはいないかのようにおもわれる。やはりこれも、言葉というのは生き物で自分で走りまわっており辞書はその後を追いかけているというのが事実であることの証明なのだろうか。それにしても、その追いかけるスピードの遅いこと。
1996年5月19日(日)
@「アンダーライン」の項目に「下線」の語を用いることもなく、「下線」の項目もないもの。『新潮国語辞典』(新装改訂版、1982、新潮社、久松潜一監修)。『日本国語大辞典』(第一版、全20巻、1978、小学館、日本大辞典刊行会編)。『新明解国語辞典』(第四版、1993、三省堂、金田一京助監修)。
A「アンダーライン」の項目に「下線」の語を用いてはいるがその読み方の記載は無く、「下線」の項目もないもの。『国語辞典』(第一版、1979、講談社、久松潜一他監修)。『広辞苑』(第一1955〜第三版1983、岩波書店、新村出編)。『広辞苑』(第四版、1991、岩波書店、新村出編)。『日本語大辞典』(第二版、1995、講談社、梅棹忠夫他監修)。『講談社カラー版日本語大辞典』(初版1989、講談社、梅棹忠夫・金田一春彦他2名監修)。
B「アンダーライン」の項目に「下線」の語を用い、しかもその読み方として「かせん」の記述があるが、「下線」の項目はないもの。『大辞泉』(第一版、1995、小学館、松村明監修)。
C「アンダーライン」の項目に「下線」の語を用いていないが、「下線」の項目はあるもの。『現代国語辞典』(初版1992、三省堂、市川孝他四名編)。
D「アンダーライン」の項目に「下線」の語を用い、しかも「下線」の項目もあるもの。『例解新国語辞典』(第四版1996、初版1984、三省堂、林四郎他三名編)。『デイリーコンサイス国語辞典』(第二版1995、初版1991、三省堂、佐竹秀雄編)。
E「アンダーライン」の項目も、「下線」の項目もないもの。『新編大言海』(1986、冨山房、大槻文彦・大槻清彦著)。
【その他の言語辞書】
(※)英和辞典
(ア)underlineの項目中に「下線」の語はあるが、その読み方は記載無し。『岩波英和大辞典』(1970、岩波書店、中島文雄編)。『新英和大辞典』(初版1927、第四版1960、研究社英和大辞典編集部、研究社辞書部)。
(※)和英辞典
(※)和独辞典
(ア)kasen下線の項目のあるもの。『和独辞典』(1959、白水社、奥津彦重編)。
(※)外来語辞典
(ア)アンダーラインの項目中に下線の語は用いていない。((例)文字の下に線をひく。下にひいた線。)『角川外来語辞典』(1967、角川書店、荒川惣兵衛著)。
(イ)アンダーラインの項目中に下線の語はあるが、読み方は無記。『コンサイス外来語辞典』(初版1972、第二版1976、三省堂、三省堂編修所)。『外来語辞典』(初版1966、東京堂出版、楳垣実編)。
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