NHK ハイビジョンスペシャル
『黒部 幻の大滝に挑む』
2003年12月13日 18:00〜18:55 NHK BS hi
2004年 1月 2日 20:00〜20:55 NHK 総合
  
剱沢ゴルジュ30mの懸垂下降をする志水          剣沢大滝(I滝[落差48m])と志水 

  日本最大の峡谷・黒部、その深奥部に黒部の象徴“剱沢大滝”がかかっている。大正から昭和の初めにかけて、近代登山のパイオニア時代の頃から、音はすれども姿が見えないこの滝は「幻の滝」と言われてきた。ここを突破した者は十指にも満たない日本最難の滝である。
  大滝の上に聳える立山と剱岳。剱沢の流域面積はもちろん大きいが、我が国屈指の大雪渓を有することから、その豊満な水量は、側壁と側壁によって狭められ、集中して、剱沢大滝で一気にエネルギーを弛められ、爆発させている 。
  剱沢大滝は落差合計134m、大小10の滝で構成される。通常はいちばん上の4m滝を除いて、上流からA滝〜I滝と呼ばれているが、20m以上の落差を有するのは最下段、I滝(落差48m)と、奥のD滝(落差30m)の二つだけである。
  僕が剱沢大滝を完全遡行したのは1987年、21歳の秋のことだった。薄暗い奈落の底のような峡谷に滝が連続するのを足下に望みながら、不意に襲ってくる落石を恐れて、一枚のハーケンに命を託すことの連続で、気が遠くなるほどジリジリと進んでいく。
  ここでは、ちょっとしたミ スが致命的になるだけでなく、一瞬の勘の狂いさえも許されない登攀で、のべ35日間を費やした。力の限り闘い、完登できた時は、もう何もいらないと思えるほど、僕はまさに完全燃焼した。
 それからすでに十数年が経つ。その後もテレビロケなどで剱沢大滝を何度か訪れたが、30歳代になって再び、自分自身のために、剱沢大滝に新たな挑戦をしていた。この数年、入り口のI滝を春夏秋冬、撮影してきた僕は、できるものならもう一度、最奥のD滝を撮ってみたいと考えていた。
  しかし、I滝へ行くのと、D滝に行くのと では登攀技術、費やす日数、リスクがまるで違うのだ。僕の中で、期待とためらいが交錯した日々が過ぎていった。それをサポートし、ドキュメント番組を作りたいという話がNHKからきたのは、そんな時だった。
 ロケは2003年10月4日から21日まで、18日間を費やして実施された。13人のメンバーはデレクター、音声、テレビカメラマンなど、大学山岳部OB中心の強靱な登山家ばかりであり、内容はたぶん国内最難のフィルムエクスペディションとなったのではないか。
 「たき火テラス」から先、それは両岸500mの側壁によって驚異的に狭められた、国内最大のゴルジュ帯が形成されている。その側壁を登ったり下ったりトラバースしたりして、ようやくたどり着くのが「緑の台地」。
  そこから、さらに60mの空中懸垂下降で降り立ったD滝の滝壺。そこは人が初めて見る、人間が踏み込んでは行けない聖域のような場所であり、ここから見上げたD滝の凄みこそ、まさに“幻の滝”の真髄であった。

『山と渓谷』2004年1月号グラフエッセイより)
 

日電歩道の荷上作業

登攀道具

大滝下のベースキャンプ
 


ベースキャンプ にて

本番組の全容を収めた写真集
『黒部からの言葉シリーズ(1)
黒部 幻の滝』
*本ページに掲載の写真はすべて写真集『黒部からの言葉シリーズ(1) 黒部 幻の滝』からの抜粋です
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