empty space story


冷たく濡れる石畳の上に
「希望」と掘り込んだ真鍮の鍵が落ちている。


地球時間を示す柱時計のゼンマイを巻く。


亜大陸を彷徨う白昼夢を記録した
8ミリ上映会の予告を見つける。


遠心力と求心力の間にゐる。
ベクトルがなくてもヰルのである。


中庭に面した白壁で
紅色の光が一人芝居している。


梱包された絨毯をひもとくと
コーランの調べが流れ出す。


教会の鐘の奏でる旋律を
ココロの五線譜に刻み込む。


ギリシア珈琲を飲み干した後の
沈澱物のかたちで明日行く方向を決める。


現実に向かって「蒼い蒼い海」と唱える。


カプチーノの泡を金のスプーンですくって
自分の顔を小さく映す。


暗闇の向こうで朝餉の支度をする
灯がほのぼのと燃ゆ。


ラヴ・レターを書くはずだった
万年筆の先をコップの水に浸す。


深夜にマッチをすって
その炎の奥にあるものを見つめる。


硝子のショーウィンドウの中に
人生時間を刻む懐中時計を見つける。


Tシャツにあいた穴から世界を見通してみる。


銀行前の石段に腰掛けて、あの人のことを想う。


タータンチェックのシャツを着た青年が
空中に指で双曲線を描く。


ハンモックに揺られながらカタルシスを試みる。


古びたバスタブの中に座って
人魚になる方法を思案する。


ローカルトレインの始発駅で
植木鉢を抱えた老婆と世間話をする。


天井でプロペラ・ファンの廻るカフェで
「道草のサラダ」を注文する。


砂漠の風紋の上、
大の字になって倒れる。


大河の濁流に味噌汁の色を重ねる。


朝靄に包まれて蕨の群生する小高い丘で
ベトナム式コーヒーをいれる。


異国の香りがする流木に腰掛けて
夕陽が沈むときに発する「緑の光線」を浴びる。


風呂上がりの髪を
台風(モンスーン)で乾かす。


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