■9/13
プヨまで来てよかった。のんびりと落ち着いて、ゆっくりとマイペース。ようやく旅する感覚が戻ってきた。
■秋のひとりごと
※帰国後に友人たちに送った手紙(機関紙?)から…
5日間の休みをつかい、韓国へ行ってきました。
ソウルに着いて、その後プヨという、ソウル南西、バスで3時間の都市(まち?)を訪れた。
プヨは百済最後の都。白村江の戦いの舞台となったところ。今はとてものどかなまちでした。戦いの伝説が嘘のように感じられたくらいです。
プヨのまちをふちどるように流れる白馬江(河)を、船に乗って下ってみた。太陽が傾き、水面に反射する光が目に痛いほど焼きついてきた。
衝撃的な体験こそなかったが、旅は心を癒してくれた。
∂韓国の青年と話した………
プヨに行くバスに乗って発車を待っていると、私と同い年くらいの女性の車掌さんが私の席にやってきて、どうやら「降りろ」と言っているらしい。確かにプヨ行きのバスに乗ったつもりだったし、バスの切符も問題なかったはずだった。
言われるままにバスを降りると、ある青年が日本語で車掌の言うことを通訳してくれた。そのバスはいわゆる各駅停車のバスで「プヨに行くには11:30のバスが早い」とのこと。時計を見ると10:30。1時間ある。別に各駅停車のバスで時間がかかってもそれはそれで、また違った一面がみられるということでよかったのだが、せっかくの好意だし、ここで駄々こねて「韓国のバスに長く乗って、いろんな面を見たいんだ」と説明する余地もなく、次のバスを待つことにした。
その青年も時間があったのか、時間をもてあました私につきあってくれた。彼は1年間日本語を勉強していて、たいていの会話は理解できた。せっかくの機会だし、生きた韓国語を学んだ。
初めに習ったのは「コムサミダー(ありがとう)」
旅行するにあたって覚える現地語は「こんにちは」「ありがとう」「いくら?」「数字1〜10」ぐらいなもんだ。長い滞在だともう少し増えるけど。「アンニョンハシムニダ」は知っていたので、「コムサミダー」を幾度となく練習した。
ほか、彼の友人の奥さんが日本人で、彼女が電話に出るときの口調「ヨボセオ(もしもし)」のまねがとても面白かった。
「ありがとう」の次に覚えたのは「もしもし」。あまり実用性のないことばではあるが!
1つの国へ足を運ぶ。その国の庶民といわれる人がどんな生活を送り、何を食べ、どんなものを着て、どんなところに住んでいるかを確かめる作業なのかもしれない。それは日本でも同じこと。世界中でいろんな人が呼吸し、生活している。
「人間って面白い」
そして、人と関わらずして生きていけない。だから、人生はずっと楽しいのかなと。 |