パンフレットより
細雪(東京宝塚劇場)
ただ一人、宝塚出身でない桜田淳子が奔放なこいさん、妙子を演じているのも興味深い。
『細雪』の舞台が、今回、七回目の再演に入る。
昭和五十九年二月の東京宝塚劇場で初演され、いらい六十年にまた東宝劇場でやり大阪の国立文楽劇場でやり、六十一年三月に名古屋の中日劇場でやり、六十三年に東宝劇場、平成元年にふたたび国立文楽劇場、そして今回。締めて七回目である。このあと十一月には中日劇場公演が予定されているから、八回目も、もうすぐというわけである。
東京宝塚劇場公演に限っていっても、今回は四度目の舞台である。
『紬雪』の舞台が、なんでこんなにもてるのか。答えをひと旨でいってしまえば、「とてもいい舞台で、面白いから」。
もっとも、こんな書き方をしたら、あまりにも当り前すぎて、味もそっけもありはしない。だから、もう少しくわしく書くと、古賀宏一が見事に創りあげた豪華な装置の中、戦前の豪商が没落してゆく姿のうちに最後に放つきらめきの魅力。四人姉妹の令嬢たちの匂
うような美しさ。それらをトータルしたところに生まれる大谷崎の滅びの美学の、えもいわれぬ魅力が、この『細雪』という舞台の、素敵な「面白さ」ということになるだろう。
谷崎潤一郎原作、菊田一天脚本、堀越真潤色、水谷幹夫演出のこの『細雪』が東京宝塚劇場で初演されたのは、前記したように昭和五十九年二月のことである。
東宝劇場開場50周年記念 2月特別公演=Aこの公演のタイトルだった。この年、東京は十数年ぶりの大雪で、街には何日も同日も、雪が残った。
大谷崎の原作には雪は出てこないはずだが、舞台には雪が降り、次女の幸子が「雪の白さがこの世の醜さを被いつくしてくれる間だけ、人は傷つけあわないで済むのやないやろうかしら」
この言葉は、劇場のまわり一面が雪だっただけに、深く心に残った。
淡島十景、新珠三千代、多岐川裕美、桜田淳子が演ずる四人姉妹の美しさが、劇場からの帰路に踏んだ雪のきしみの中に、よみがえった。
『細雪』は長女鶴子、次女幸子、三女雪子、四女妙子の四姉妹を中心にした物語である。
今回の舞台のルーツである菊田一夫脚色・演出の『紬雪』が芸術座に登場したのは、昭和四十一年一、二月公演でだった。四人姉妹を演じた女優を長女から順にあげると、浦島千歌子、岡田茉莉子、司菓子、団令子で、女優たちの豪華な着物が大評判になった舞台だった。このときがまったくの舞台初出演だった岡田茉莉子がとても派手な存在感をみせ、これをきっかけに彼女は、舞台の座長女優の座にのぼってゆく。
そして“新版”といっていい現在の『紬雪』は、芸術座という中劇場用に書かれた菊田脚本を、東京宝塚劇場という大劇場用に、堀越真が潤色したものである。
ともあれ、初演いらい七年間で七公演。人気の秘密の一つに、初演時からほとんど変化のない豪華メンバーの配役で、個々の俳優が、それぞれ自分の役柄をどんどん深め、ますます良く、かつ面白い舞台にしているという事実を、見逃すことは出来ない。
評判のいい舞台には、役者たちだって気が入る。そしてますますいい演技をと、心掛ける。初演時にしてすでに人好評だった『細雪』は、こうして今、ますます磨かれてゆく。
主だった役で、初演時の舞台には出ていたが再演からは出ていない俳優は、たった一人で、それは三女雪子をやっていた多岐川裕美である。昭和六十年五月、谷崎潤一郎生誕百年記念≠ニうたわれた再演から、三女雪子は遥くららに代った。
現在の長女鶴子を淡島千景、次女幸子を新珠三千代、三女雪子をくらら、四女妙子を桜田淳子という顔ぶれは、それいらい不動。
加えて鶴子の夫・辰雄の近藤洋介、幸子の夫・貞之介の沢本忠雄、奥畑啓三郎の大和田伸也、板倉の加納竜も、すべて初演からののメンバー。メンバーに変化がないということは、舞台のアンサンブルがよくなるということで、これが舞台を面白くする第一条件であることはいうまでもあるまい。
☆
初演いらいずっと見続けてきてみると、俳優たちの成長ぶりも含めて、数かずの興味深い事実に気が付く。
再演時から四姉妹のうち三人は、宝塚歌劇出身者が占めた。淡島、新珠、遙である。
大阪の女を演ずるのは、やはり関西系の人がいい。しかも宝塚という共通の基盤をもつ女優たち、雰囲気もよく似てくる。初演時の多岐川裕美もけっして悪くはなかったけれども、初演時にはまだ宝塚歌劇にいて、再演時の登場のときはすでに『桜の図』のヴァーリヤ演技で菊田一夫演劇賢受賞者としての参加という遙くららの存在は強い。
バーンと華の存在感をみせる淡島、谷崎ムードの感じをとてもよく出す新珠、『細雪』のヒロイン中のヒロインの匂いに生きる遙くらら。
ただ一人、宝塚出身でない桜田淳子が奔放なこいさん、妙子を演じているのも興味深い。
四姉妹の中では異色の存在感を見せねばならぬ役。
アイドル歌手出身で、長谷川一天と共演で『おはん長右衛門』で初舞台を踏んでいらい『アニーよ銃をとれ』『大奥最後の日』に続いて『細雪』初演が四本目の舞台。
『アニーよ』ですでに芸術祭賞受賞女優になっていたが、昭和六十一年度には芸術選奨新人員受賞者にもなり、六十三年には菊田一夫演劇賞もとった。
まさに華の豪華女優陣=B
(中略)
旧家蒔岡家本家が、音もなく舞台を後退してゆき、そこから鶴子、幸子、雪子、妙子の四姉妹が美しい着物姿で、しずしずと舞台前面に足を運ぶ幕切れのシーン。四囲は一面の桜。花の美と女の美と。
その豪華絢爛さは“見事”のひと言につきる。
淡島千景、新珠三千代、溝くらら、桜田淳子四女優の咲き香りの姿は、まさに『細雪』最高の見せ場になっていて、この舞台の いのち≠ヘ、まさにこの場面に集約されるのである。
(演劇評論家)
|
東宝10月特別公演
「細雪(ささめゆき)」
谷崎潤一郎=原作、堀越 真=潤色
菊田 一夫=脚本、水谷幹夫=演出
東京宝塚劇場
平成2年10月3日〜10月30日
スタッフ
演 出 補 | 北村 文典 |
美 術 | 古賀 宏一 |
照 明 | 沢田 祐二 |
音 楽 | 橋場 清 |
効 果 | 佐藤日出夫 |
振 付 | 今井 栄子 |
邦楽指導 | 富崎富美代 |
衣裳考証 | 八代 泰二 |
衣裳デザイン | 宇野善子 |
方言指導 | 桜田千枝子 |
| |
演出助手 | 滝沢 辰也 |
〃 | 伏見 悦男 |
〃 | 竹島 慶太 |
〃 | 永野 剛 |
製 作 | 酒井喜一郎 |
〃 | 田口 豪孝 |
| |
鶴 子(長女) | 淡 島 千 景 |
幸 子(次女) | 新 珠 三千代 |
雪 子(三女) | 遙 くらら |
妙 子(四女) | 桜 田 淳 子 |
| * |
奥畑啓三郎 | 大和田 伸 也 |
板 倉 | 加 納 竜 |
貞之介(幸子の夫) | 沢 本 忠 雄 |
辰 雌(障子の夫) | 近 藤 洋 介 |
| * |
御 牧 | 林 成 年 |
お 久(女中頭) | 富 田 恵 子 |
山村さく | 高 殿 ゆかり |
戸祭吾肋 | 安 宅 忍 |
井谷夫人 | 桜 田 千枝子
|
******
桃井 政春
小林 茂樹
秋田 宏
河合 佳昭
*
渡瀬由美子
高橋ひとみ
菅野 園子
河西 陽子
染川 ユリ
棟形 寿恵
喜多岡照代
芝村 洋子
原口三知子
******
中川 隆司
風間 信彦
仲沢 満利
大藤 登
*
飯岡真奈美
中島 啓子
林 真奈美
愛原ひとみ
鈴木 敦子
小松 惠子
(劇団若草)
隻本理紗子
後藤はるか
吉田 晃介
松田 真弥
佐藤 裕介
村田 剛秀
|
|