残留日本兵の身分の回復
身分回復までの経緯 生存者全員への大使表彰
生存者全員への大使表彰


生存者全員に大使表彰がなされる


軍人恩給が出たといっても全員ではありませんでした。
ある規則のもとで、該当しない者もいました。
ただ、軍人恩給が出たということは、
過去の逃亡にそれなりの理由あった、と日本国が由と認めたということです。
関係他所からも評価されやすくなりました。

そういう意味もあったと思います。
1995
825日、その時期に生存していた残留元日本兵69名全員に、
日本国全権大使から表彰されることが決まったのです。 


私は、この「大使表彰」をもって、
残留日本兵の過去の汚名が完全に消えたと受け止めております。 

さらに、そればかりでなく名誉も獲得したものと思っています。
残留日本兵にとっては、本当に良いことでした。
乙戸昇が払ってきた努力の集大成が、この大使表彰でした。

そんな大使表彰を少々詳しく書いてみたく思います。


大使公邸で行われた表彰式の模様

当日は表彰される残留元日本兵69名中、36名が出席した。
式場の広間正面には金びょうぶが配置され、金びょうぶの右側には、
ウマル・ウィラハディ・クスマ元副大統領、ウマル・ヤディ元アセアン事務局長、
ウィヨゴ元ジャカルタ特別市長などの来賓の方々が、
左側には渡辺大使ご夫妻はじめ大使館員の方々が着席された。

そして金びょうぶ前の広間中央には、
椅子が2個づつ列をなして並べられ、受賞者夫妻あるいはお子様と共に着席された。

10
5分過ぎ司会者によって、表彰式開催が告げられました。

(中略)

さて、乾杯となって出席者全員が祝杯を手にし、
ウマル・ウィラハディ・クスマ元副大統領の音頭で乾杯をしました。

乾杯の後、元副大統領はマイクの前に立ち、
独立戦争時に共に戦った残留日本兵のことを述べられ、
多くの残留日本兵の功績を称えられました。 

その元大統領の挨拶を
乙戸は、予期せぬパパ・ウマルの称賛に残留日本人は感激し、
且つ参列者全員に深い感銘を与えたとし、
「聴きとめによるため、誤りがありましたらお詫びいたします」と、
月報で次のように紹介記事を書いている。

受賞者を代表しての石井正治氏の挨拶と共に、ここに転記する。



ウマル・ウィラハディ・クスマ元副大統領のご挨拶要旨

大使閣下並びにご出席の皆様、
皆様のご了承を得て、私より一言ご挨拶申し上げたいと存じます。

始めに、インドネシア政府および国民がインドネシア共和国独立50周年を記念する行事を行う中、ジャカルタにおいて日本政府が有意義な式典を挙行されたことに対し敬意を表します。
この日本政府の行為は、1945817日の独立宣言を擁護し尊重すべくインドネシア民族が行った激しい闘争、並びにパンチャシラと1945年憲法に基づく公平を反映した社会および制度の建設を目指す開発を実現しようとする決意に対する、日本政府並びに国民の理解と関心が示されたものです。
この様な観点から、ここに参集しました私たちは、恒久の平和を反映した幸福な環境を創造する努力を行うパートナーとして、新しい世紀を共に迎えようとする両国国民の希望を確かにするために、ここに式典を遂行されましたことが、インドネシア及び日本においても伝えられることと確信致しております。

ご列席の皆様
只今、私たちは日本政府から70名の日本出身インドネシア国民及び1名の日本国籍日本人に対する表彰式に立会いました。
彼等は50年以上に亘りインドネシアと日本の相互理解と友好関係増進に寄与されました。
更には、この大多数の方は、われわれ民族の独立闘争に参加された方であります。
ここに参加した私達インドネシア国民は、皆様方の功績に対し敬意と感謝を申しあげます。
本日は71名の内37名しかここに出席できませんでした。
欠席された方に対し、私達の気持を直接お伝え出来ませんことはまことに残念なことです。

私個人、西部ジャワの私の指揮下にあったシリワンギ部隊の中に数名の日本人兵士がおり、武器を手にオランダに対する戦闘に加わった彼らの真剣さと勇敢さを目の当たりにした経験があります。 組織的に彼らは私の部隊の中で完全に同化し、他のインドネシア兵士と区別できなくなりました。 私は彼らの他の兵士との親しい交流を観察し、戦闘を含む任務及び上官の命令を果たす規律を見てからは、インドネシア共和国独立のため真剣に戦う部隊への彼らの忠節さを疑う余地はありませんでした。

私の部隊の日本人兵士の功績のお陰で、大日本軍の諸行為と、その中の人々の個人的な行為を区別できます。 大日本軍はオランダ政府とその軍隊を威嚇攻撃しましたが、それはインドネシア民族を攻撃したのではありませんでした。

私たちは、インドネシア国土において戦闘を行った大日本軍の行為が、インドネシア国民に多大な苦難と損害を与えたことを経験し、認識しておりますが、日本人将兵の中に、一部には規律を遵守しつつ、一個人としてインドネシアとの関係において真実の声を聞いた方がおられました。 かかる人的交流が発展し、植民地支配から解放され独立した民族としての生き方を獲得するため、われわれ被支配民族の熱意に対し、彼らより物的な理解及び支援を得るに至りました。 私は、私達の日本人の友人の、私が前に述べた人々を含むインドネシア民族に対する功績に対し、本日ここに、日本政府より表彰されたことは正当なものと思います。

恐らく、私たちが立ち会いましたこの式典は、マスメディアを通じインドネシア及び日本全土に放映されることになりましょう。この式典は、将来両国間の共通の利益のために、インドネシアと日本との協力の土台を強化することができましょう。

最後に、ここ参集しましたインドネシア国民と共に、深甚なる意味を持つ表彰を今朝受けられた日系の友人全員にお祝いの言葉を申し上げます。 皆様方がここインドネシアの地において、平和で幸福な生活を末永く享受されますことを願ってやみません。




石井正治氏、受賞者代表挨拶

本日は大使閣下のご恩情により、残留日系人一世の私共、及び長い間市井にあり友好・親善に努められた方々と共に表彰を賜りましたのは、身に余る光栄と厚くお礼申し上げます。
時まさに戦後も50年、長い年月でございましたが、私共は敗残兵の身としては、ある時は逃亡兵として誹を受けましたが5年間にわたるこの国の独立戦には身を挺して戦い抜き多くの戦友を犠牲にしてしまいました。
戦後は善良なインドネシア国民として巷に融け込み現在に至りましたが、殆どの同胞とは幽明境を異にし、今日の晴れの日にも出席できぬのは誠に残念と云わねばなりません。

この時にあたり大使閣下より表彰を拝受いたしましたのは、私達残留者にとっては、50年来待ち望んだ故国からの免罪符をやっと手にした思い、又、民衆の中にあった友好・親善を実践された方々も、今やっと永年の苦労が報われた思いも一入、共々に感謝・感激あるばかりでございます。

私共は皆すでに老境にあり余命も幾許も無いと思われますが、倒れ付すその日に至るまで、日・イ両国親善融和のため、尚一臂の力を捧げ以ってインドネシア日系人の歴史を飾りたいと考えますので、これからよろしくご指導ご愛願賜ります様切にお願い申し上げ、簡単ではございますが受賞者一同を代表しまして一言お礼の言葉を申し上げます。


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