英雄墓地 、 戦没者墓地
タバナン戦没者墓地 シンガラジャ戦没者墓地 マルガ英雄墓地 プンリプラン
ま え が き


インドネシア独立戦争に加担した残留日本兵は、
インドネシア全土で約1,000人、
そのうちバリ島では、20人(多分それ以上)いたと言われている。
(その20人のうちの12人がマルガ英雄墓地で奉られている)

これら20名がどのように戦ったのかを知りたい。
私は今、バリ島に住んでいる。
そしてヒマ(笑)である。
戦いの現地を訪ねることができる環境にある。

残留日本兵がバリ人に同化し、
オランダ軍と戦って戦死したのは、
ほとんどが1946年である。
68
年前の話である。

もうそれを覚えているバリ人も少なくなってきている。
が、まだ少し聞き取りできるのではなかろうか。
その戦いの跡も少しは残っているのではなかろうか。
今がラストチャンスかも知れない。

と思うのだ。
で、それに向けて、活動することに決めた。
具体的には、残留日本兵のお墓を探したり、
彼らが戦った場所を訪ねて聞き取りすることである。


ではあるが、たとえば、

日本で言う、骨を埋めるようなお墓.....
ヒンドゥー教には、そのようなお墓がありません。
勿論、バリヒンドゥーも同じです。
ヒンドゥーの経典が輪廻転生だからです。
お墓なんぞに閉じ込めてしまっては、この世に戻って来れないのです。

さて、私は今、残留日本兵の足跡を追おうとしています。
お墓を探すこともその行動のひとつです。
が、そのお墓が残っておりません。



マルガラナ英雄墓地はどうなの?
これ(右)はお墓じゃないの?
お墓ではありません。
慰霊碑群なのです。
じゃ、土の下にはお骨がないの?
ありません。
じゃ、どこにもお墓がないの?
絶対にないという訳ではありません。
原則的にはお墓がないのです。
ええ?原則的.......
そうなんです。
原則的なのです。
残っている場合もあるんです。


ヒンドゥー教では、僧侶などはお墓を作る場合があるそうです。
僧侶は、輪廻転生を必要としないからだそうです。

実は、戦没者もお墓がある場合があるのです。
どういう理由で戦没者に限りお墓があるのかは、知りません。
これから少しづつ調べてゆきたいと思っております。
戦没者がバリ人の間でどのように受け止められているのか?
全体を把握する為には、知らねばならないことと思えるからです。
その調べが終ってから書き出そうか?
終わる前でも、あとで修正することを前提に書き出そうか?
と迷っております。

まあ、こんな風に、お墓ひとつとっても
バリのルールは曖昧模糊としています。
これから始める残留日本兵の足跡を辿る航海.......
霧の中を船出するような気分です。