ジャワ島の残留日本兵
田中年男 小野寺忠雄 広岡 勇 小野 盛 桶 健行

残留日本兵のブログ掲載予告



残留日本兵の話し….
沢山の情報がすでにネットで流れています。
そういう情報の上塗りをして、このブログを書きたくありません。

確かにインドネシアの独立に日本(日本軍)は貢献しています。
が、2年半の日本統治は、良い面もあり、悪い面もありました。
そのことを掘り下げて、自分の意見を述べる気はありません。

では、このブログは、何を目的に書くのか。

その目的は、他にはない情報の提供をすることである、
と、書き始める前から決めていました。

他にはない情報とは、具体的には次の2つです。
@現にインドネシアに住んでいるという強みを生かした情報。
Aネット上に流れていない情報。

この、「ネット上に流れていない情報」とは、何かというと、
残留日本兵の証言を脚色せずに、そのまま掲載することです。
そういう情報がネット上にないからです。

が、次に掲載予定の田中年男の証言に至って、
壁にぶちあたりました。
氏の証言が余りにも長編だからです。
かといって、冗長なのではありません。
どの証言も省くと前後がつながらないのです。

ではどうしようか、考えをあらためました。
前後のつながりが少々拙くとも、大胆に端折る。
話の中心に至るまでの経緯は、証言を読み砕き短く書きまとめる。
そして、話の中心になる部分だけ、そのまま証言を転記する。
という手法です。
今後、そういう手法で書きますのでご了解ください。

さて、ついでに、
残留日本兵についての今後のまとめ方についても、
予告しておきます。
書き進めながら、少々変化してゆくかも知れませんが、
できるだけ次に沿ってゆきたく思っております。

残留日本兵は、ジャワ島・スマトラ島・バリ島・カリマンタン島にいました。
他の島にも日本兵がいましたが、
残留日本兵として独立戦争を戦ったという記録は、
ほとんどありません(皆無ではありません)。

で、しばらくは、
残留日本兵の実戦闘証言に焦点をあてて書きますが、
その順序を地域的なものとします。
今は、ジャワ島の戦闘を書いておりますが、
次の田中年男の証言でジャワ島を終わりに致します。
次に、スマトラ島の戦闘に進み、
最後はわがバリ島で締めくくりたく思っています。

んで、こうした戦闘の証言が終わったら、
残留日本兵の集まりをここまでに纏め上げた、「乙戸昇」氏について、
氏の証言を交えながら、紹介したいと思っています。

独立戦争を生き延びた残留日本兵は、
その後もインドネシアにあって、
生活の苦労を抱えながら、さらに生き延びました。

その誰もが、口をそろえて乙戸昇に感謝をしております。
氏のやわらかな人となりの情報に接し、私も感動しております。
その私の感動を伝えたいと思っております。


さて、それを書き終えたら….ですが、
最後の総括として、残留日本兵の傾向をできるだけ数値を入れて、
書き収めたいと思っております。

まあ、ざーと、そんな訳で、
冒頭に述べた、田中年男氏の証言に進みます。
次の順序で書こうかと思っております(6〜7回予定)。

1、吉住に戦闘を約束する
2、事前工作を画策する。
3、イ軍の弱腰に出会う。
4、作戦を組み立て直す。
5、蘭軍哨所を攻撃する。
6、さらなる攻撃と戦果。

なお、田中年男のこれらの戦闘は、
栃窪宏男著「日系インドネシア人、元日本兵 ハッサン・タナカの独立戦争」
(サイマル出版会)で、発表されております。